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 2020年に治療用アプリケーションとして日本で初めて、CureApp社の禁煙治療用アプリが保険承認されました。慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)・助教の正木克宜先生は、CureApp禁煙治療用アプリの臨床試験を行い、現在も若手医師としてアレルギー・喘息・禁煙支援に対するデジタル医療の普及に挑んでいます。そんな正木先生が、どのような学生生活を送っていたのかを知るべく、お話を伺いました。

ー医師として、不器用でも人の役に立ちたいー

 

ー正木先生は2001年に慶應医学部に入学されていますね。正木先生が医師を目指された理由について教えて下さい。

 私の父は開業医、母は薬剤師で両親以外にも医療従事者が多い家系でした。患者さんから慕われる父の姿を見て、私も医師になれば社会に貢献できるのではないかと思いました。それに加えて、私は小児喘息で計10回くらい入院するような体の弱い子どもでした。医師という職業がずっと身近であり、医師がいなければ自分は生きていなかったというくらい、お世話になった職業だと思っています。最終的には「自分のような不器用な人間でも人の役に立てる」という父の言葉もあり、医師という職業を志しました。

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正木 克宜 先生
​(まさき かつのり)

​前編
2007年慶應義塾大学医学部卒業。
呼吸器内科医として慶應義塾大学大学院博士課程修了後、英国Guy’s & St Thomas’病院で成人アレルギー科の専門研修。2019年より慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)助教。

※所属・職名等は取材時のものです。
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剣道部で培ったリーダーシップ

 

ー慶應医学部では、多くの学生が医学部体育会での部活動に所属しています。先生の医学部時代の部活動経験について教えて下さい。

 私は喘息持ちなので、当時の小児科の先生から剣道か水泳をやるのがいいと勧められました。両親に剣道教室と水泳教室に連れていってもらって、剣道を選びました。剣道は試合や稽古の時間が短いので、喘息発作が出ても何とかなりました。運動神経は悪いのですが、剣道は小学生から大学生まで続けたのでどの場でも「経験者」扱いとなり、中学・高校・大学でキャプテンを務めました。「立場は人を作る」とも言われますが、この時にキャプテンをさせてもらった経験は私の中でとても大きかったです。慶應の呼吸器内科に入局後も、大学剣道部の先輩でもある福永興壱教授に、「部活でキャプテンをやった時のように、プロジェクトチームがどう動くかを考えるように」と指導頂きました。

 また、大学の剣道部で6年間過ごした仲間は、卒業してからも大きなつながりになっています。私は現在、食物アレルギーの診断支援アプリの臨床応用研究を進めていますが、そのアプリは86回生同期の上條慎太郎先生(産婦人科学教室助教)がプログラムを書いてくれて、2020年10月頭に福永教授と共に3人で特許申請を行いました。

 

ー正木先生は慶應病院の呼吸器内科医として、企業とタッグを組んだ「民」の立場から、アプリケーションによるデジタル診療を進めていますね。医学生時代の経験が、今の正木先生に影響を与えているのでしょうか?

 学生のときの部活動では公衆衛生学研究会と医学部新聞部にも所属していました。医学部1年生のときに、厚生労働省からWHOに行かれた中谷比呂樹先生(56回生)の講義があり、「君たち100人のうち、90人は臨床医、10人は研究医、1人は医系技官になる」と言われたことが非常に印象に残っています。 それから医療政策に関わる医系技官の仕事に興味を持ち、自主学習でも公衆衛生学教室に所属して医療経済などの勉強をしました。また、実際に医系技官の先輩方の話を伺うこともありました。

 そのような先輩方の話を伺う中で「自分が公衆衛生学に惹かれたのは、興味のあるアレルギー、呼吸器、禁煙支援といった領域で公衆衛生のインパクトが大きいからだ」と気づくことができました。医学のあらゆる分野でも行政と臨床医療の間を取り持つ医系技官も魅力的ではありますが、何かのスペシャリストになってヒアリングの委員を務めたり、エビデンスを生み出したりといったアプローチもやりがいがあるため、まずは臨床医として一人前になろうと思いました。

人とのつながりが一番の財産

-他分野との交流から社会を知ろう-

 

ー後輩たちへの医学部生活のアドバイスを伺いたいです。先生が医学部時代にやっておけば良かったと思うことはありますか?

 医学部生は2年生から信濃町キャンパスに通いますが、それまでの間にもっと他学部の授業を受け、他学部の友達を作っておけばよかったと思います。これまで医療は人の命を扱うものとして、ともすれば絶対視される部分もありました。しかし、医療が発達し、過度な寿命延伸よりもQuality of Life(生活の質)向上が求められるようになった現代において、医療はサービス業の一つとしての側面が強くなっていくと思います。私たち医療者は、人が何にお金を払い、何に価値を置くのかといった社会一般の物事について学ばないと、医療だけが置き去りにされていってしまうと思うのです。例えば私の専門だと、重症喘息の患者さんに抗体製剤を勧めるとします。この薬剤は近年登場した、特定のタンパク質を標的にするような薬であり、高い効果が期待できますが、非常に高価です。これを使えば、寝る時に苦しくなくなり、自転車に乗っても息切れをしなくなる。きちんと対象を選べば、10人中8人くらいに効きます。ただし、保険が効いても月に5-10万円程度がかかりますし、使用しなくてもおそらくは命に関わるというわけではありません。月5-10万円を貯金すれば一年に一度家族で海外旅行に行けるくらいのお金が貯まるわけであり、費用あたりのQuality of Lifeの向上という側面からは「喘息の抗体製剤と家族での海外旅行のどちらを選ぶか?」という選択となります。すなわち、この方にとっては、医療が他のサービス業と同じ土俵に立つ選択肢に入ってくるわけです。こうなると医療は、他のサービス業と戦えるくらいの質の高さがないと、選んでもらえなくなってしまうと思うのです。たしかに何事も「健康と命があってこそ」なので医療が優先されることは多いですが、患者さんや社会が何を望み、何を求めているかについて医師はもっと学ぶ必要があります。そして、社会を知るためには文系の学問など医学以外について学ぶことや、専攻の違う友人を大学時代の早いうちに作ることがとても重要だと思います。私は卒業後には専門書以外の本を読むことが減ってしまいましたが、学生の時こそ色々な価値観や文化に触れるためにもさまざまなジャンルの本を読んでおきたかったです。

 昨年より、新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい、医療と社会・経済・政治とは強く結びついていることを皆が実感しています。自然科学である医学は5-10年ほどで教科書の多くが書き換わってしまう分野です。大学のうちは、いつ覆されるとも分からない知識の詰め込みに偏重するより、社会の中での医学のあり方を考えることはとても重要だと思います。

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